日常の価値

日々の生活は当たり前に過ぎているようで、実はさまざまな努力で成り立っているような気がします。勤める会社も、訪れるお店も、すれ違う人々も、そして自分も、現在を維持するために日々頑張っているのだと思います。

東京都台東区上野公園:不忍池

私の知り合いには、起業をして会社を経営している方や、自営業の方がいます。彼らの近くにいると、企業や店舗を維持するために並々ならぬ努力をしているのがわかります。また通勤時にすれ違う人々にも、それぞれの家族や生活があり、それを守るために眠い目をこすりながら会社に向かっているのだなと感じるときがあります。

普段、意識をするにもおよばない些細なこと、例えば電車が動いているだとか、テレビがきちんと流れているだとか、お店が開いているだとか、そんなようなことも努力の積み重ねで維持されているのだなと気付かされます。そのように考えると、日常というのはとても価値があると同時に、とてもエネルギーのいることだと思わざるを得ません。

東京都台東区上野公園:不忍池

それと同時に、それぞれの人にはドラマがあります。大切な人との確執や別れ、体調面や金銭面、それらは本人にしかわからないものです。知人であれば知ることもできますが、道行く他人とはそのような機会がありません。しかも話の表面だけを追っただけでは、抱える本当の悩みや不安は理解することはできないと思います。

震災や災害が起きてあらためて日常が、どれだけ繊細で、努力をすることで成り立っているのかを知り得る機会が最近多くあるように思います。
そして年老いていくと、より感じやすくなるのかもしれません。
今の生活が平凡でつまらなく感じることもあるかもしれませんが、実は幸せである証拠かもしれません。振り返ったときにはじめて分かるものではありますが、日々を過ごすうえで心に留めておきたいものです。

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