記憶というのはとても不思議です。はっきり憶えていても、日が経つごとに薄れていってしまいます。まるで見ていた夢が朝に消えていくように、おぼろげに頭のなかを漂っています。
考える力、インスピレーションなど、脳の機能は不思議な能力がたくさんありますが、とりわけ私は記憶について惹かれます。起きた出来事を写し取り、頭の中でいつでも再生できるだけでも素晴らしいものですが、それが段々と劣化していき、他の記憶と結びついて別の出来事のように再生されてしまうのが魅力的です。
例えば、子どもの頃に遊んだ場所に再び訪れると、遊具の場所が入れ替わっていることがあります。それは実際に配置換えを行なったのか、それとも自分が誤って記憶していたのか分かりません。また、ある場所を思い出すとき、本当は存在せず、夢でも見ていたのかと錯覚してしまうことがあります。
また、今は会わない人々、例えば祖母やかつての恋人、小学校の頃の先生なども、記憶にあるものと実際では異なるのかもしれません。さまざまな印象が、それぞれ拡大したり縮小したりして、原形をとどめていない場合があります。
人は現実をねじ曲げて記憶の中で美化しようとします。それが処世術でもあり、記憶はおおいに役立っているのでしょうが、都合の悪いかたちに置き換わっているものもあります。それがいわゆる深層心理というものなのでしょうが、思い通りにならないぶん、より記憶は魅力的に感じます。
もしも記憶を現実に出現させて、すべてを並べたとしたら面白いと思います。その一端が夜見る夢に現れてくるのでしょうが、現実のそれと比べたときに、その違いにびっくりするのでしょう。