職人の心意気

毎日暑い日が続きます。今年は特に暑さが厳しい気がしますね。寒かった冬を思い返すとありがたいものですが、これだけ暑いと外に出るのも億劫になります。

メダカ

日本は古来から涼やかに夏を過ごす方法を編み出してきました。
例えば、軒先に水鉢を置いて水草やメダカを観賞したり、風鈴を吊るして耳から涼しさを感じてきました。また、かき氷やところてんなど冷たいものを食したり、浴衣に着替えて汗を抑えるなど、直接的にも暑さをしのいできました。

そんな人々の生活の工夫を支えてきたのが職人たちです。今現在でも江戸時代から続く伝統の技を守りながら、日々素晴らしい品々を私たちに提供してくれます。

先日、そのような職人の方たちと交流する機会がありました。東京の下町として有名な墨田区の錦糸町には、江戸切子を扱うすみだ江戸切子館があります。そこでは切子制作の体験ができたり、美しい模様の様々な種類の切子が揃っています。
運営しているのは廣田硝子という会社で、明治三十二年から続く老舗です。すみだ江戸切子館のウェブサイトに住所が掲載されていたので、切子館に行った際に寄ってみました。

廣田硝子

建物を覗くと、灯りが付いておらず閉まっていましたが、男性の方が気がついて迎え入れていただきました。素朴ながらも魅力的なガラスの食器がたくさん並んでいましたが、それらはアウトレットや販売終了予定の商品でした。
それらを物色しながら、男性の方にガラスについて色々と興味深いお話を伺いました。機械ではなく手作業で制作しているため、ときおり硝子に空気の粒が入ったり、ラインが入ってしまうようです。アウトレットの商品を手に取って説明して頂きましたが、よく観察しないとまったく分からないものでした。正規品ではひとつひとつチェックして、それらを除いて出荷しているそうです。私たちが何気なく接しているガラス食器も、そのようなこだわりを持って世に送り出されていると思うと、気がつかないのが申し訳ない気持ちになってしまいます。
そして印象深かったのが、ガラスについて嬉しそうに説明する男性の表情でした。自分たちの仕事を愛し、ものづくりに真摯な姿勢で取り組んでいることがひしひしと伝わりました。

東京都江戸川区平井:高常

さらにその足で、江戸川区平井にある高常という浴衣の染元(染物工場)を訪れました。こちらは先代が江戸や明治の型版を収集しており、昔ながらの古典柄の反物を制作しています。紺と白のシンプルな色合いですが、柄は繊細で、とても気品があります。

私は随分と前から注目していて、先代のインタビューが掲載された本を何度も読み返していました。収集した型版を戦災ですべて焼失しながらも、再び集め直した先代の情熱や、古典柄の美しい模様に魅せられたのです。
当日お会いした四代目は先代の心意気を引き継いで制作を続けています。奥様共に気さくな性格で、二人の掛け合いがとても微笑ましく感じました。様々な団体から表彰されているにもかかわらず、賞状やプレートをぞんざいに扱っているところにもおおらかな人柄を感じます。

さらには、工場の中まで案内していただきました。三階以上ある干し台の上で制作工程や昔の職人の苦労話を伺いました。下を見るとクラクラしそうな場所で、冷房もなくとても暑かったのですが、職人の現場を目の当たりにしてとても嬉しい気持ちになりました。
三万点以上の型版が集まる倉庫にも案内していただき、古い型版と新しい型版の違いを説明していただきました。昔は職人が染めの合間に型版を彫り、その女房が型版を繋ぎ止める糸を通していたそうです。どれもがとても繊細で、とてつもない労力をかけて伝統的な作品が生み出されていることが手に取るように分かりました。
なんとかしてこの素晴らしい技術を守らなければならないと使命感にかられながらも、直接的なお手伝いができないのがとても心苦しい気持ちになりました。せめてこのことを紹介し、より多くの人々にその価値を知っていただけたらと思うばかりです。

東京都江戸川区平井:高常

夏場に暑い、暑いと汗を流してうなだれるだけではなく、身近にある伝統や風習に倣いながら優雅に過ごし、夏を楽しむ品々を作ってくれた職人たちに思いを馳せながら過ごすことができたなら、とても有意義で、素敵な夏を過ごせるのではと思いました。

廣田硝子 Hirota Glass
江戸ゆかた染元-高常-

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