フィデル・カストロ

11月25日、キューバの指導者フィデル・カストロが死去しました。時代は様変わりしキューバの闘士たちが活躍した時代は過去のものとなりましたが、彼の死はひとつの時代の終焉が訪れたような気持ちにさせます。

Fidel Castro speaking in Havana, 1978

現代の日本を生きる若い世代の人々は、フィデルを共産主義の独裁者くらいにしか認識していないことでしょう。とりわけ彼に対するアメリカの批難が大きく影響して、偏った人物像として捉えられているように思います。
彼は若い頃から南米の独立運動に参加していました。大学時代には革命反乱同盟(UTR)に参加してコロンビアで政府軍と戦い、卒業後に弁護士として貧しい人々の救済を行なうなど勢力的に活動していました。そしてキューバをアメリカの傀儡国家にする代わりに権力を掌握していたバティスタ将軍に対抗するため、武装勢力を組織します。

彼は逮捕後に恩赦によって釈放されメキシコに亡命します。そしてチェ・ゲバラに出会い、グランマ号という船でキューバに渡ってゲバラと共に革命を実行に移します。ゲリラを駆使し民衆を味方につけ、激戦の末にハバナでバティスタ勢力を制圧します。

現在も続いていることですが、当時の南米諸国はアメリカによって完全にコントロールされていました。近代化という名目でお金を融資し、返済が滞ると現地の企業を買収、あらゆる産業やインフラがアメリカのものとなっていきました。アメリカはそれらを掌握しやすくするために傀儡政権を打ち立て、実質的な植民地支配を行なっていました。資本主義の脅威が貧富の差を広げ、人々は貧しい生活を余儀なくされていました。
フィデルやゲバラたちはアメリカに対抗するために社会主義、ひいては共産主義の確立を目指しました。ソビエトと近づきながらもソビエトを含めた新植民地主義の脅威に対抗し、皆が平等に暮らせる社会を作り上げることを夢見てきました。

キューバは医療や教育を国民に分け隔てなく受けられる仕組みを確立しています。特に医療系の教育機関は南米各国だけでなく、アメリカからも留学生が集まるほどです。また、フィデルをはじめ指導者が生きている間は銅像など偶像化してはならない決まりがあります。独裁政権という形はあれど、社会主義国家の理想に向けた純粋な姿勢は多くの人々が共感しています。

私はチェ・ゲバラのファンですが、フィデルのゲバラに対する言葉に触れるととても信頼し合っていたのだなと感じ、そして純粋な人情を持ちあわせていたのだなと感じます。また、私は共産主義や社会主義ではないのですが(同時に資本主義にも傾倒していませんが)、彼やゲバラの大胆な政策には感心するところがあります。

資産を没収されて亡命を余儀なくされた人々がいたり、毛沢東や金日成、スターリンと同様に独裁を貫く姿勢に非難が集まったりすることもありますが、フィデルの半生を読み解くと何事もひとつの側面で見るものでないなと思ったりもします。
革命を生きたひとりの指導者の死に思いを馳せ、いずれ彼の作り上げた国をこの目で見てみたいなと思っています。

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