Guns ‘N Roses来日公演

私が高校生だった頃、もうかれこれ二十四年前になります。あの当時、東京ドームで観た感動が再び訪れました。Guns ‘N Rosesの来日公演です。

Guns 'N Roses Not in This Lifetime Tour

先日の土曜日、さいたまスーパーアリーナで開催されたGuns ‘N Rosesのライブに出掛けました。ヴォーカルのAxl Roseの他、これまで脱退してバラバラだったDuff McKaganとSlashが再び合流する日本公演は実に二十四年ぶりで、ファンの期待を大いに集めました。

もちろん私もその一人で、公演のニュースを聞いた後すぐにチケットの予約をしました。当日会場に到着すると、私と同年代やそれ以上の年代の人々がたむろしていました。皆、Guns愛に満ちた思い思いの格好をしていましたが、私も負けずにSlashが1994年に結成したSlash’s SnakepitのライブTシャツの上にSchottのワンスターのライダースを羽織り、靴はエンジニアブーツ、頭にはSlashを意識したシルクハットをかぶって挑みました。

ライブグッズの販売に長蛇の列ができ、グッズを買い終えた人々は晴れやかな顔をしてビールを煽っていました。若い世代のファンも多く、何をきっかけにGunsを好きになったのか私は興味津々でした。

座席はVIPスタンディングでステージの目の前。申し分ない位置でしたが背の低い女性には少々辛かったかもしれません。中国語や広東語、英語やその他の言語も入り混じる国際的な観客に囲まれながら待つこと数十分、前座のステージが始まって場内は興奮気味でした。それからステージ機材の入れ替えがあり、再びしばらく待つのですが、待てど暮らせどGunsは現れません。三十分を経過してもなかなか出てこない状況に痺れを切らせた観客の一人が「二十四年待ってんだぞ!」と叫んでいました。もうすぐあのステージが観られるというのに、彼らはあと近くまで来ているのに、というもどかしい気持ちを抑えてさらに待つと、ようやくライブが始まりました。

懐かしくも色あせない楽曲の応酬に、全身が震える感覚を覚えました。とりわけSlashがおなじみのリフを奏でる姿は「生きててよかった」と思わせるほどです。小学校、中学、高校時代に聴いた音よりもさらに重厚感が増し、成熟さも兼ね備えていました。しかしながら、ヴォーカルのAxlの変わり果てた姿に、正直複雑な気持ちがよぎりました。

彼の歌声は全盛期よりも劣るものではありましたが、高音もしっかりと出ていてパフォーマンスも最高でした。ステージを縦横無尽に走り抜ける姿は、とても五十代とは思えません。しかしながら、どこか腑に落ちない部分がありました。

それはきっと、現在の彼がきちんとしすぎていたからなのだと思います。若かりし頃のAxlは、破天荒で周りをひやひやとさせる危うさがありました。そのようなとんがった感じは現在の彼には見受けられませんでした。小さな猫のフィギュアを帽子にたくさん付けて観客に見せながら微笑んだり、休まず律儀に楽曲をこなす姿は「気の良いおじさん」な雰囲気でした。
二十四年間の当然の帰結ではあるのですが、大御所のロックスター然とした姿に時間の経過を感じましたが、私は高校時代に見ていた頃の危うさを期待していたのです。そんな幻想を持ち続けた私は、年を経たAxlに対して自分自身の老いを感じ、同時に寂しさを感じたのだろうと思います。

ステージは二時間半を優に超え、圧倒的なクオリティで過ぎ去って行きました。公演自体にも大満足でしたし、Guns ‘N Rosesの移り変わりを肌で感じれたことで、自分がどれだけこのバンドを愛していたのかも実感できました。とても曖昧な表現ですが、何かに「卒業」できた晴れやかさを感じました。
ライブを終えて、また少し彼らの楽曲をおさらいして、今回の気分にしばらく浸りたいと思っています。

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