今回も前回に引き続き、小説「洞窟の坂」の世界を紹介したいと思います。
小説の舞台になった小日向は高台に位置しており、そこから望む景色はとても開放感があります。そして見晴らしの良い一等地には、多くの墓地が存在します。今回取材でぶらぶら歩いていると、崖に面した公園を見つけました。そしてその隣にも、墓地がありました。
公園内のベンチに座ると、暖かな日射しと青い空が広がっていました。私も隣に並ぶ墓石と一緒に、しばらく日向ぼっこをすることにしました。
日射しや風、空の移り変わりを眺めながら、東京が変化していく様を見ることができる。
ここに眠る方々はこんなに素敵な場所にいられて、毎日安らかな気持ちで過ごしているのでしょう。
そんなことを思いながら景色を眺めていると、公園の向こうからお婆ちゃんがこちらに向かってきました。なにか私に用事があるのかと思いましたが、ベンチ脇にいらした観音様の石像にお祈りを捧げていました。
時間は三時三十分、恐らく彼女は毎日同じ時間にお参りをしているのでしょう。
観音様の後光のように、午後の日射しがお婆ちゃんを照らしていました。
ただ平穏を祈り、毎日を過ごす。
小説の主人公のお婆ちゃんも、同じような気持ちで早春賦を唄っていたのでしょうか。
月刊群雛2014年3月号 ※「洞窟の坂」掲載
BCCKS(オンデマンド印刷版・電子版)、Amazon Kindleストア、iBooks Store、楽天Koboで発売中。