かたち:向島の三囲神社

今回は小説「かたち」に登場した向島の三囲神社を紹介します。

東京都墨田区向島:三囲神社

墨田区の向島は、浅草から少し離れた隅田川より東に位置します。
現在では東京スカイツリーが建ち、最寄り駅も「業平橋駅」から「とうきょうスカイツリー駅」と名前を変えました。

東京都墨田区向島

駅前も東京ソラマチが開業し、観光客で賑わっていますが、三囲神社がある地域は以前の静かな佇まいを残しています。この辺りは明治時代から花街として栄え、料理屋がたくさん軒を連ねていました。隣町の玉の井(現在の東向島)が舞台になった「濹東綺譚」で有名な永井荷風も、随筆「向嶋」でこの地を取り上げています。

東京都墨田区向島:三囲神社

この地域の象徴となる三囲神社は、京都の豪商三井家が江戸に進出した際に守護神として崇めたことで有名です。三井家は後の三越で、本支店にこの神社の分霊を奉祀したそうです。

東京都墨田区向島:三囲神社 池袋三越のライオン

その縁もあってか、境内には池袋三越前に鎮座していたライオン像が置かれています。私は池袋周辺に住んでいたので、子どもの頃からこのライオンと顔を合わせていました。なんだか不思議な縁を感じます。

東京都墨田区向島:三囲神社のコンコンさん

そして三囲神社で有名なのが、この狐。「コンコンさん」の愛称で親しまれています。境内にはこの他にも、たくさんの狐が祀られています。

東京都墨田区向島:三囲神社

小説「かたち」では、主人公の未帆と先輩である弓子がこの神社付近でお酒を飲みます。丸の内線周辺がテリトリーである未帆にとって、向島はあまり馴染みのない場所です。結婚について思い悩んでいた未帆が、独身の弓子にアドバイスを受ける。そしてその場所は、かつての花街だった向島。結婚せずに独りでたくましく生きる弓子を象徴するような舞台装置として、この土地は機能しています。

東京都墨田区向島:三囲神社

結婚について否定的な未帆は、憧れの弓子に自身の考えを肯定してもらい、慰めてもらいたいと思っていました。そして弓子は彼女の気持ちをよく理解し、同情しながらも結婚に前向きになるように優しく諭しています。女性に限らず誰もが結婚について様々な思いを巡らしますが、弓子はそのすべてを悟っているかのように微笑みます。「かたち」は結婚や家族を肯定する話ではありますが、弓子のような生き方も否定していません。どちらも正解であり、結婚をすること、しないことが物事の本質にはなり得ないのです。

東京都墨田区向島:三囲神社

かつて栄えた花街は、少し寂れた街並みを憂うわけでもなく、新しいまちづくりを否定することもなく、午後の日差しにまどろんでいるようでした。人の営みがあり、継続していくことが街の本質であり、それ以外はあまり大した問題ではないように思えます。私たちの人生もかたちにこだわることなく、うまく塡(は)まっていくことで、自分らしく充実した生活を送ることができるのではないでしょうか。

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