荒川の起点を目指して

173キロという長い距離を流れる荒川。その開始点はふたつあります。ひとつは甲武信ヶ岳にある源流点、もうひとつは入川渓谷にある起点です。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

荒川の下流にある「荒川之下流三十景」という看板を見たことがきっかけで昨年から荒川の河川敷を辿っているのですが、いつかは荒川の始まりの場所を見てみたいと思っていました。そして二週間ほど前に秩父に行き、自然に囲まれた瑞々しい上流の流れを目の当たりにしたことで、その欲は一気に膨れ上がりました。
その二週間後、荒川の起点を目指して再び秩父へ向かいました。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

池袋から六時五十分発のレッドアロー号に乗って西武秩父駅まで行き、西武バスに乗って川又という停留所で降ります。そこから少し歩いて入川渓谷方面の道へ入っていきます。
空は時折雲が現れつつも真っ青な姿をのぞかせ、清々しい気持ちになります。秩父の山々はすでに紅葉が始まっていて、赤や黄色の美しい色が目に飛び込んできます。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

モミジやカエデ、その他色々な木々の葉が歩を進めるたびに入れ替わって、落ち葉が積もった地面だけを見ていても飽きません。このような美しい自然が多くの人の目に触れないのはもったいない気がします。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

道の左側を覗くと、透明の水を湛えた入川(荒川源流部の別称)が見えます。秩父の寺尾から見た荒川も美しかったのですが、この透明度はどうでしょう。緑とも青ともつかない繊細な色をしていて、息を呑む美しさです。この流れが下流の悠々とした姿に変わっていくなんて想像もつきません。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

水のまわりには大きな岩がいくつも転がっています。岩肌には白いすじが入っており、荒々しくも美しい姿をしています。まだ渓谷に入ってすぐのところなのですが、見所が多くてなかなか先に進めませんでした。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

キャンプ場を抜けると入川渓谷観光釣場に辿り着きます。この日の釣り人はふたりくらい目にしましたが、林道はひとりくらいしかすれ違っていませんでした。
釣場を抜けると東京大学の秩父演習林に入ります。林道の右側は大きな岩がいくつも並んでいるのですが、段々と足場が狭くなっていき、岩と渓谷に挟まれて不安定な気持ちになります。落石もあるようなので気をつけながら進んでいきます。

埼玉県奥秩父:入川渓谷 シジュウカラ

林道は比較的整備されており坂道もなだらかなのですが、身体が鈍っているので少しずつ疲労が溜まってきます。しかしながら、そこかしこから聞こえてくる野鳥たちのさえずりに励まされます。
冬に差し掛かっているのでシジュウカラを中心とした野鳥の混成の群れにたくさん出会いました。コゲラやヤマガラ、エナガなど、野鳥探索ではおなじみの鳥たちが賑やかに声を上げています。

埼玉県奥秩父:入川軌道

蛇行した道を進んでいくと、道を這うレールが見えてきます。これは入川軌道と呼ばれるもので、かつて民間業者がトロッコを使い、秩父演習林内の林産物を運び出していた名残です。昭和44年に廃線となりましたが、発電所取水口の工事のための資材運搬用として昭和57年に二年ほど運用されたそうです。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

切り立った岩が道のすれすれまで迫り、蛇行した狭い道になっています。ここにトロッコのレールを敷くのはなかなか大変な作業だったことでしょう。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

この日は前日まで雨が降っていたので、山から入川に多くの水が流れ込んでいました。様々な種類の苔の間を水が這っている光景はとても美しいものでした。

埼玉県奥秩父:入川渓谷

山側の方からは幾つもの小さな滝や湧水が入川へ注いでいます。少しずつ水量を増やし、秩父ダムからさらに幾つもの川と合流して、あのような大きな川になっていくのでしょう。

埼玉県奥秩父:入川渓谷 赤沢谷出合

入川軌道のレールに沿いながら進んでいくと、十文字峠へと進む赤沢谷出合まで辿り着きました。目の前では水の流れが二手に分かれています。ここが荒川の起点です。
到着した当初は起点の碑が見つからずに辺りをうろうろしたのですが、岩の奥にその碑が隠れていました。

埼玉県奥秩父:荒川起点の碑

入川に赤沢の流れが合流する地点、ここが国土交通省が定める荒川管理のスタート地点です。流れはここから江東区新砂の荒川終点まで173キロの道のりを進みます。源流と呼ばれる地点はここからさらに西に行った甲武信ヶ岳の真ノ沢にあります。そこまで行くには徒歩でさらに九時間以上かかるそうです。

埼玉県奥秩父:荒川起点

子どもの頃はずっと荒川の近くに住んでいたので、始まりの地に辿り着けて少ししみじみしてしまいました。今見ている水の流れは、何日かけて海へ至るのでしょう。その間にさまざまな生命を育み、生活を支えてくれるのです。下流の荒川之下流三十景は折り返したばかりでまだまわり終えていないので、ぜひ続きを歩きたいと思いました。また、馴染みの薄い中流域にも行ってみたいと思いました。

身近にありながら知らないこと、見過ごしているものというのはたくさんあるものです。ほんの少し興味を持つことで豊かな知識を得ることができ、かけがえのない経験を得られることを改めて荒川に教えてもらったような気がします。

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