引越し

皆さんは、今まで何回引越しをしましたか?
今回は、期待や不安、そして名残惜しさが交差する引越しについて考えてみたいと思います。

Dalian, China

私は過去に7回ほど引越しをしました。

最初の引越しは十五歳のとき。
子どもの頃から過ごした家を離れ、人生の新しいフェーズを迎えた気分でした。
中学から高校にあがる合間だったので、友人たちと別れるのはそんなに辛くありませんでしたし、新居は同じ東京都内だったため不安もなく、むしろ期待感のほうが高かったです。

二回目の引越しは実家を離れて一人暮らしをするとき。
別の区に移りましたが、タクシーで十五分程度の距離でした。しかし、母の表情に後ろ髪を引かれる思いでした。私が家を出るとき、彼女はとても寂しそうな顔をしていました。おそらく大人になったとはいえ、一緒に住んでいることで私のことをいつまでも小さな子どもだと思っていたのでしょう。私もこのとき初めて独り立ちができたような気がします。

三回目は中国へ行ったとき。
これは自分自身にとって大きな変化でした。
これまではずっと東京都内を引っ越していたので、あまり変化は感じられませんでした。
しかし新たな居住地は上海。文化も言葉も違う場所へ引っ越すなんて当時は実感がわきませんでした。
上海のマンションに着いたときに興奮は、いまだに忘れられません。
そしてそこでの生活は、非常に価値あるものでした。
そのため一年半後に帰任となったときの寂しさをよく思い出します。
刺激的な上海の生活を絶たれた喪失感は、口では言い表せないものがありました。

しかしその後にも、再び上海に住む機会がありました。
そこでも二回ほど引っ越して、さらに大連にも引っ越しました。
その都度、名残惜しい気持ちはありましたが、ほぼ1年に一回場所を変えていたので、面倒のほうが先に立っていたように思います。この頃には引越しに対する切ない感情は、薄くなっていたような気がします。

そしていちばん最近の引越しが、大連から東京に戻るときです。
中国と関わりを絶つ、人生の大きな区切りでした。
上海と大連の思い出がひとつの固まりとなって、ゆっくり私の胸に込み上げてきました。
しかし名残惜しい反面、どこか満足感のようなものも感じました。
精一杯やってこれたという自負が、少なからずあるのでしょうか。
それともまた大きな変化を楽しみにしていたのでしょうか。
とにかく、この先何年かはゆっくり同じ場所で過ごすことになりそうです。

Dalian, China

引越しの最終段階、誰しも見る光景があります。
それは最後に鍵を閉めるときの、がらんとした部屋です。
今まで見慣れてきた空間が、なにもなく横たわっている。まるで知らない景色のように見え、しかしとても愛着のある景色にも見える。不思議な空間です。
それを眺めながら、きっと人は自分自身の過去を見つめているのだと思います。
そしてその過去を名残惜しく思っていることでしょう。
しかしそんな切ない気持ちも、引っ越した先で荷解きに追われてかき消されてしまいます。
実はそんな慌ただしさに助けられているのではないでしょうか。
そうして新しい部屋に見守られながら、見知らぬ土地で、前を向いて歩んでいくことができるのではないでしょうか。
これから引越しをして新たなスタートをきる方がいらっしゃっいましたら、どうぞ前向きに、楽しい生活を送ってくださいね。

Scroll to top