水の気持ち

梅雨もそろそろ明けそうですね。
この季節から夏にかけて、雨や湿気をきっかけに「水」というものを身近に感じます。

青森県白神山地

小説「パルテノペ」でもモチーフとしましたが、私はよく自分が水になったときのことを想像します。
水に意識があったのなら、どのように世界が見えるのか。そう考えると、身体がゆるやかに世界と融合し、地上も空も分け隔てなく漂える心持ちになります。

フランスの免疫学者ジャック・ベンベニストは「水には記憶がある」と主張して避難を浴びましたが、科学的な見地は無視して、水にはそのように思わせる大きな魅力があります。

青森県白神山地

まず、水は他のものと交わりやすい性質を持っています。何とでも融合し、性質を変えます。
そして分離もでき、自然へと還っていきます。
つまり地球のあらゆるものに寄り添いながら、その歴史を見てきているのです。
海洋の深くには、二千年もかけて巡る海流があり、北の大地には、何億年も前の状態を留めた水が残っています。
そんな悠久の時を過ごした水には、記憶があってもおかしくはないのではないかと思ってしまいます。

秋田県大館市

そして水は気体や液体、固体に姿を変えます。それもめまぐるしく、私たちの見ている前で変化が起こります。大地の端まで行けば海があり、空を仰げば雲がゆるやかに流れていきます。冬の朝には霜ができ、雪だって降ります。人間の世界でも、自由に水の形を変えて利用しています。
水はそうやって形を変えながら、世界のあらゆる場所を縦横無尽に駆けめぐり、私たちの身の回りや厳しい自然の中に存在し続けます。

さて、想像してみてください。
雲となり空から見下ろす大地はどのようなものなのでしょうか。
雨となり地上へ落ちるときはどのように景色が迫ってくるのでしょうか。
水となり海中を漂うときには、いくつの生命と出会うのでしょうか。

Xiamen, Fujian, China

そのように想像すると、水の視点というのは、地球の視点であるように思えます。
最近の研究では、地球の中心となるマントルの部分にも水分があることが分かりました。
地球のあらゆるところに、水は存在するのです。まさに地球は水の惑星そのものです。

普段、当たり前のように接している水には大きな魅力が溢れています。
たまには仕事や生活を離れて、思いを馳せてみるのもいいと思います。

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