小説を書く

自分はなぜ小説を書いているのか。
文章を書くのが好き、物語を考えるのが好き、読者を感動させたいなど、動機や目的は小説家によってさまざまだと思います。

東京都文京区護国寺

私が小説を書く理由は、自分を知るためと人に伝えています。
自分以外の人たちに読んでもらいたくもありますが、根っこのところはやはり自分のために書いています。

これまで生きてきた歳月はどういうものなのか、自分はそこに何を感じたのか、そんなことを確かめるように小説を書いています。

では、小説のモチーフは自分自身なのでしょうか。
ある部分ではそうであるといえます。しかし、別の部分ではそうではないといえます。

東京都文京区護国寺

私の小説には、さまざまな人々が登場します。
年上の人に恋をする女性、幼なじみのいる高校生、片親の中学生。主人公だけではなく、彼らを取り巻く人々も大勢登場します。
その中には自分と同じような経験をしている人もいるし、同じような考え方をする人もいます。しかしその逆に、異なる場合もあります。
私は小説を書くために、登場人物たちの立場になって考え、どのように心が動いて、どのような行動を選択するのかををつぶさに観察します。小説を書き進めるうちに、登場人物は個としての人格が与えられ、次第に勝手に動きはじめて、人生の選択を行ないます。

彼らの考えや行動は、正しくない場合があります。同じような環境であっても、私の場合は異なる選択を行なうかもしれません。私は執筆をしながら、そして読み返しながら、彼らの生きている場所に立ち会い、一緒になって「自分ならどう感じるのか、行動するのか」と考えます。
つまり、小説の登場人物は自分とは異なる誰かであり、その人生を垣間見ることで自分自身を投影したり、比べてみたりして自分を見つめ直しています。
そして読者の方は、読むことで同じように「自分を知る」作業をしているのだと思います。

東京都文京区護国寺

そのようなわけで、私の小説のモチーフになるのは普通の人たちが多いのです。私自身が平凡であるので、数奇な運命の登場人物が現れても、ぴんとこないのです。しかし小説は色々な楽しみ方があるので、そのような物語も一度挑戦してみたいと思っています。

いつか私の小説を読んでいただいた方たちと、小説の登場人物についてお話ししてみたいと思っています。小説の主人公はこのような選択をしたけれど、自分だったらこうするなど作者も読者も関係なく話ができたら、とても幸せだと思っています。

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