長年の友人の開花

植物は言葉を発することができず、身体も動かせないので直接意思を伝えることはありません。しかしながら、それゆえに気持ちが伝わることもあります。

ハマユウ(浜木綿)の花

もう五年も前に書いたコラムで、何年も付き合いのある植物を紹介しました。私が三十歳かそれ以前に訪れた神津島の民宿で贈られたものです。帰りの船に乗る間際に「丈夫で育てやすいから」と手渡され、名前もわからないまま持ち帰ったものです。

ハマユウ(浜木綿)の蕾

三十センチ以上の大きく長い葉をいくつか伸ばすのですが、これといった特徴はない植物です。普通に眺めればたいして面白みもない外見をしていますが、日光が当たる方向へ葉を伸ばし、寒い時期には葉を減らし、暖かくなると元気になります。微細な変化ですが、私自身も映画の主人公のように大きな変化のない平凡な人間なので、同じ目線で語り合える友人のような気がしていました。

私はこの植物に大きな変化を求めずに、ただ近くで健やかに育ってほしいと思っていました。苦しいときも楽しいときも、ただそばで寄り添っていてくれるだけであたたかい気持ちになります。そう思いながら最近も水を与えていたのですが、ふと目をやると大きな鞘のようなものが伸びていることに気が付きました。

ハマユウ(浜木綿)の蕾

これは蕾に違いないと思い、花が咲くのを待ちました。花が咲けば長年わからずじまいだった名前もわかるかもしれない、でも花が咲いた後に枯れてしまうことがあっては悲しい、などと思いを巡らせていると、何日かした夜に鞘が開き、いくつかの蕾が現れました。

ハマユウ(浜木綿)の蕾

最近は植物の写真を送信すると名前や種類を教えてくれるウェブのサービスがあるのですが、蕾の状態だと的確に判明できないようです。幾日か過ぎると、とうとう蕾が開き始めました。十何年もずっと変わらないままだった植物がこんなに複雑な変化を見せていることにただ驚き、固唾を飲んで成り行きを見守りました。

ハマユウ(浜木綿)の花

花は白い色をしていて、とても繊細な構造をしています。おしべは百合のようであり、美しい造形をしています。私はこの植物を男の友人のように思っていたのですが、花を見て女性の印象に変わりました。

あらためて名前を調べてみると、この植物はハマユウであることがわかりました。ハマユウは漢字で浜木綿、女優の浜木綿子さんでお馴染みの植物です。

ハマユウ(浜木綿)の花

ヒガンバナ科の多年草で、房総半島から西日本にかけて生息する植物です。伊豆七島も生息域にあるので、神津島に生えていてもおかしくありません。花が咲くまでには球根が大きくなる必要があるのですが、普通なら何年かで咲くようです。ずぼらな私の飼育環境では二十年近くかかってしまい、本当に申し訳なく思います。

この植物に大きな変化を求めていませんでしたが、花が咲いてとても嬉しく思いました。自分の人生と照らし合わせると、私自身もなにか拓けるのではないか、もしくはこの植物から頑張れとエールを送ってもらえているような気がしました。寡黙ゆえにここまでの変化を見せられると、メッセージを感じられずにはいられません。

ハマユウは一度咲くと次の年から花をつけるようになるようですが、あまり期待せず、同じように健やかに傍らで過ごしてもらえればありがたいです。

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